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東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)112号 判決

一 原告主張の請求原因事実のうち特許庁における手続の経緯、本願発明の特許請求の範囲(特許請求の範囲の項末段に「該塔」とあるのが「各塔」の意味であることも含む。)および審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いはない。

二 そこで、原告の主張する本件審決の取消事由について検討する。

(一) 原告は、本願発明は、低温で沸騰する液体混合物の精留に当り、各塔から第一塔で純粋に取出した成分と同一の成分を取出すことを必須の要件とするものである旨主張する。しかし、当裁判所は、原告のこの見解に賛同することはできない。以下、その理由を述べる。

まず、当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲の記載によれば、原告の主張する前記要件が本願発明の構成要件として明示されているとは認めがたい。原告は、特許請求の範囲において「この分離生成物を次位のより低圧力下にある塔に導入し、かつ、引続き更により低圧力下にある塔に導入して、云々」と記載されているうちに「引続き」とあるところから、この記載は、第一塔と第二塔との間における関係を第二塔および第三塔間で繰返し、同一の分離対象原料を引続き三個の塔で繰返し精留することを意味する旨主張する。しかし、ここにいう「引続き」は、分離生成物の更により低圧力下にある塔への導入が次位のより低圧力下にある塔への導入に時間的かつ場所的に引続いて順次行われることを意味するものと解するのが文理上当然である。また、成立に争いのない甲第一号証によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明の記載中この部分を説明した記載(明細書五ページ一四行から六ページ七行まで)を見ても、「引続き」の語が原告の主張するようなことを意味する旨の記載は見当らない。

もつとも、前記甲第一号証によれば、明細書中の実施例においては、原告の主張するように第一塔で純粋に取出された成分(たとえば、第一図記載の実施例についていえば、濃度九九・九九七%の水素)と同一の成分を各塔から取出している旨の記載が見受けられる。しかし、この記載は、本願発明の単なる実施例の記載にすぎないものというべく、この記載から第一塔で純粋に取出した成分と同一の成分を各塔から取出すことが本願発明の必須の要件であると解するのは相当ではない。このことは、本願発明は明らかに三成分系以上の混合物を対象とするものであるに拘らず(甲第一号証明細書一一ページ一七行から二〇行まで参照)、前記実施例においてはいずれもAおよびBの二成分からなる混合物について記載されていることよりみても、本願発明の構成がこの実施例の記載内容に限定されるものでないことが明らかである。また、原告の指摘する明細書の記載部分も、いずれも前記本願発明の単なる実施例に関する記載にすぎず、これをもつて、原告の前記主張事実を肯定することはできない。

(二) つぎに、当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲の記載によれば、本願発明は、「各塔内で混合ガスの成分を常に底部製品或は頭部製品として純粋な形で獲得し、之を取出すこと」を要件とするものであることが認められる。原告は、ここにいう「取出」とは、各塔から純粋に取出す成分を系外すなわちすべての塔の外に取出すことを意味する旨主張する。

しかし、前記甲第一号証によれば、本願発明の第一図の実施例においては、第一塔および第二塔より取出された濃度九九・九九七%の水素は直接系外へ導かれることなく、いずれも寒冷を供給する還流として一たん第三塔内へ導かれていることが認められる。そうだとすると、本願発明にいう「取出」とは、各塔で純粋に獲得した成分を必ずしも直接に系外へ導き出すことまでをも意味するものではないと解するのが相当である。そして、成立に争いのない甲第四号証によれば、引用例の第二図においても、中部塔よりは純粋に獲得した成分を直接に系外へ導き出してはいないが、中部塔上部より濃度九九%の純粋な窒素液を還流液として一たん上部塔へ注入したうえ上部塔の導管43により塔外へ取出されている事実を認めることができるから、引用例のものが本願発明にいう「取出」の要件を欠いているということはできない。

(三) 原告は、本願発明は従来技術の方法と比較して格段にすぐれた効果を生じる旨主張する。しかし、その主張する効果は、前記原告の主張する本願発明に特有な構成(第一塔で純粋に取出した成分と同一の成分を各塔から系外に取出すこと)を前提とするものである。しかしながら、この構成が本願発明の必須の要件といえないことは前記認定のとおりであるから、原告の主張する効果は、本願発明の一実施例の効果にすぎないものであり、本願発明の効果ということはできない。

もつとも、前記甲第一号証によれば、明細書中には本願発明の効果として「多数の塔を本発明の特徴的な様式で直列に連結して行う操作方法には、塔から塔へと行くに従つて処理さるべき物質の量が減少するという大きな利点がある。けだし、各塔から純粋な分離生成物の一部(より沸騰し易い生成物或はより沸騰し難い生成物の一部)が抽出され得るからである。従つて、多数の床を備えた単一の塔の如く原料混合物の総量を一時に転換させる必要はない。其れ故、塔から塔に行くにつれて塔の容量を小さくすることが出来る。又塔が小さくなれば冷凍損失も少くなる。」(明細書六ページ八行から一八行まで)と記載され、いわゆる物質収支の減少、装置の小型化、冷凍損失の減少等が記載され、その結果、精留効率が向上する旨記載されていると認められはする。しかし、精留対象物の量が下の塔から上の塔へと進むにつれて順次減少する点では本願発明と引用例とでは差異がないことは、原告の自認するところであるから、そのことに伴う効果として装置の小型化、冷凍損失の減少ひいては精留効率の向上ということも、引用例の場合についても当然に奏しうる効果と解して差支えない。

したがつて、本願発明の明細書の作用効果の記載から、本願発明が原告の主張するような必須の構成要件を有するものであるとはいえないし、また、本願発明が引用例のものと比して格段にすぐれた作用効果があるものともいうことはできない。

三 以上のとおり、審決には原告主張の違法はないから、原告の請求を失当として棄却する。

〔編註〕 特許請求の範囲および審決理由の要点は左のとおりである。

本願発明の特許請求の範囲の記載

液体混合物を、最初の最高圧力下にある塔に対し、該混合物の組成に適応して該塔の頭部と基部との間に導入し、且つ該塔内で第一次の分離をした上で、この分離生成物を次位のより低圧力下にある塔に導入し、且つ引続き更により低圧力下にある塔に導入して、少くとも三個の塔内で低温で沸騰する液体混合物を精留する精留法において、a>n>0なるa≧3個の塔でn番目の塔の頭部内に流入するガスの凝縮に際して放出する熱をn+1番目の塔の底部に、ここで沸騰する留り液の蒸発用として伝達し、該塔内で混合ガスの成分を常に底部製品或は頭部製品として純粋な形で獲得し、これを取出すことを特徴とする低温で沸騰する液体混合物の精留方法。

審決理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

これに対して、昭和二九年特許出願公告第三三一七号公報(以下「引用例」という。)には、空気の液化精留により酸素、窒素を分離する装置に付随してアルゴン分離用複式副精留塔を設けると共に、酸素、窒素分離用主精留塔からは、粗アルゴン原料として液状分だけを抽出し、これを液体ポンプにより加圧した後、上記複式副精留塔に導入して所要圧力の下に複数段階の下に精留し、よつて分離された酸素及び窒素は、これを主精留塔に復帰させるようにしてなる純アルゴン製造装置について記載されている。そして第二図に示されている装置による精留方法についてみると、液体混合物を、最初の最高圧力下にある塔に対し、該混合物の組成に適応して該塔の頭部と基部との間に導入し、且つ該塔内で第一次の分離をした上で、この分離生成物を次位のより低圧力下にある塔に導入して、少くとも三個の塔内で低温で沸騰する液体混合物を精留するにあたり、下部塔の頭部内に流入するガスの凝縮に際して放出する熱を中部塔の底部に、ここで沸騰する留り液の蒸発用として伝達し、更に中部塔と上部塔との間においても同様に熱の伝達が行われるものであることは明かと認められる。してみると、本願発明は、塔内で混合ガスの成分を常に底部製品或は頭部製品として純粋な形で獲得するように規定した点において引用例と相違するものと認められる。しかしながら、引用例においては、液体混合物が酸素、アルゴン、窒素の三成分からなるものであるために、下部塔においては頭部製品がアルゴン、窒素混合物となつているが、本願方法のように液体混合物が二成分からなるものである場合は、一成分を底部製品とし、他方の成分を頭部製品として獲得することは、この種の精留方法として常套手段に属することである。そして底部製品或は頭部製品を常に純粋な形で獲得するか否かは、液体混合物の性質によつて適宜決定できるものと認められる。

したがつて、本願発明は、引用刊行物に容易に実施することができる程度に記載されたものであり、旧特許法第四条第二号に該当し、同法第一条の新規な工業的発明と認めることができない。

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